夏の大きな台風がやってくる気配漂う令和5年のお盆を迎えようとしている頃、気の合う仲間と大きなアドベンチャー構想を打ち立てた。日々コンクリートジャングルに囲まれて生活している日常から抜け出し、大自然を満喫する旅に向けてあれやこれやと企み始めた。如何に非日常を体験できるか、いや、自分で如何に非日常を作り出す事ができるか。実に休日を満喫するためのポイントはここにある。貴重な時間をどのように使うかの決定権は自分自身に宿っており、まずは準備・計画自体を楽しむことからアドベンチャーは始まっている。
使えるツールはたくさん持っている。カヤック、テント、ハンモック、サーフボード、スプリットボード、グリグリ、SUP、ロードバイクなどなど。真夏という季節を考慮しながらアドベンチャーを絞り込んでいくが、連続猛暑日が今までの記録更新という今年の状況からして水に関係するアクティビティーが最優先で候補に挙がってくる。様々な候補の中から絞り出したアクティビティーは中部地方を代表する川のひとつである熊野川の川下りである。
熊野川の上流に位置する北山川は、筏下りを体験できる場所であり、その同じ場所でトリッキーな川下りを楽しむ(そのような場所をホワイトウォーターと呼ぶらしい)事もできるようであるが、我々が所持しているギアでは対応できるものではなく、またそのようなホワイトウォーターを楽しむことを目的としているわけでもなく、ゆったりまったり川を下り酒を飲み、宴を楽しもうということが最大の目的なのである。
WEB上のライブカメラを数日前から確認し始め、アドベンチャーのイメージトレーニングをしながらテンションが上がってきていたところだったのだが、前々日の水位確認で少し異変を感じた。今まで確認していた通常の水位から大きく水量が増しているではないか。恐らくこれから来る台風に備えての水位の調整か、はたまた上流で行われる筏下りのための放水か。真意の程は分からないがこれは困ったことになってしまった。水位が上がっているということは、水の流れが早くなっているということであり、さらに河原でのテント設営にも問題が発生してくるからである。さてさて困った。
しかしながら我々ができることはライブカメラで水位を確認することしかできないことに気がつき、翌日に判断を伸ばすことにした。半ば今回のアドベンチャーは諦めざるをえないかと思いながら、翌日になってから念のためライブカメラを確認してみたところ、なんとか前日よりも水位が下がっており、決行することにした。
アドベンチャー初日、食料とアルコールをクーラーボックスに詰め込み出艇場所へ向かう。出艇場所には以前何回か来たことがあるが、今までで一番水の流れが速いのが見てとれた。というのもパックラフトで先行して下っている方がいらっしゃり、これがまたなんとも言えない速さで目の前を横切って行ったのである。
その時の我々の想いを的確に表現するならば『・・・・。』という表現しかないだろうか。
その思いの中には恐怖、焦り、躊躇、迷いなどが含まれる。つまり大きな悩みが生じたのである。
我々は川下りのためにはるばる遠くからやってきた。だが、目の前の川はとてつもなく流れが早く、沈することも考えらえる。PFD(ライフジャケット)を着るとは言えどなかなかどうしてすんなりと出廷しようという気にはならない。
さてどうしたものか。
いや、どうしたものかと考えてはみたものの、自分の中では「行くっきゃないっしょ」とこれからのベクトルは定まっており、あとは相方のベクトルも同じ向きにするだけなのだ。
そうなれば話は早い。「生きて帰ってこよう」との号令のもと、早速準備に取り掛かる。
当初の予定ではゆったりまったり途中の適当な所で上陸し、テントを張ってその翌日ゴールまで向かおうという計画であったのだが、あまりにも流れが速く、想定していたゴールにはすぐ到着してしまうだろうということになり、テント泊をゴール地点に変更することにした。
さて、いざ出陣となるのだが、やはり川の流れが速くお互い戸惑いを隠せない。しかしここまで来たら後は野となれ山となれ。
相方がレジャーカヤックで先行し、私がシーカヤックで後から追いかける。相方はあまりカヤックの経験が長くないため、パドルさばきもそこそこに下流へと。私も後を追いかけると、最初こそ流れの速さに少しビビッてはいたが、お互いこれならイケると確信を持つことができた。途中流れの速い瀬もいくつかあったが、難なく通過することもでき無事宿泊地でもあるゴールにたどりつくことができた。
そのあとはスタート地点に置いてある車をピックアップし、またまたゴール地点に戻ってから寝床の準備に取りかかる。河原での幕営のため、相方はコットをチョイス。私は銀マット+個人マット2枚重ねとしたが、寝ることを考えればコットのほうがベターだったことは言うまでもない。テントはモンベルのステラリッジ3型をチョイスしたが、山岳縦走用テントであるため、朝方はともかく、寝始めの夜は保温性も高く過ごしにくかったことも申し添えておく。やはりファミリーテントで両側メッシュの通気性のいいものを選ぶべきであった。
しかし圧巻であったのは星の綺麗さである。日々どっぷり人工の光の中で過ごしていると、なかなか綺麗な夜空を見る機会も少なく、ただただ星空を眺めるだけで幸せを感じることができた。タイムラプスで星の軌跡を撮ることができる環境であったにも関わらず、その機会をロスしてしまったのはもったいないと言うしかない。
なかなかどうしてかなり思い出深いアドベンチャーであったが、最後もしっかりと思い出を作って旅の終わりとした。朝食を食べてからのモルックでひとしきり遊んだ後、たっぷりと汗をかいたため、川の水で汗をながそうということになった。まるでヌーディストビーチにいるような格好で水に浸かっていたことはあまり大きな声では言えないが。